研究内容Research

同位体にかかわる科学と工学に広く興味をもって研究を展開します.核エネルギーの利用は,昨今の環境問題やエネルギー需給の観点から,人類の持続的発展に欠かせないと考えます.未来エネルギーと位置づけられる核融合や,原子力の安全利用・後処理には,同位体にかかわる科学と工学が必要です.エネルギー応用以外にも,例えば,半導体産業や高度医療,分析科学,宇宙物理など様々な分野で,同位体の新奇応用が始まっています.研究室名に「応用」と冠して,純粋な学問にとどまるのではなく,実用的な研究を志し,豊かな社会の創出に貢献したいと考えています.

○水-水素化学交換法による水素同位体分離

 未来のエネルギー源となる核融合炉の燃料はDとT,これは重水素と三重水素(トリチウム)でいずれも水素の同位体です.核融合炉ではDとTを多量に循環させて用いるので,その濃度を調整するための技術が必要となります.また,Tは放射性同位体なので,環境中にむやみに放出することはできず,排出ガスや排液から安全なレベルまで取り除く必要があります.この様な諸課題に対応するため,水素同位体の取り扱い技術,濃度調整・分離技術の研究開発に取り組んでいます.また,核融合の分野で培われたこの技術を,他の分野に応用展開するため,重水素製造にもチャレンジしています.

 水‐水素化学交換法は,液体水,水蒸気,水素ガスの向流接触下で,疎水性の白金触媒を用いて同位体交換反応を促進させ,水素の同位体分離を行う方法です.国際熱核融合実験炉(ITER)の水処理システム(WDS)にも採用された有望な技術です.同位体分離実験室内に,自ら設計した実験装置を構築し,実際にTを用いて水素同位体分離実験を行っています.運転条件などの工学的パラメータが性能に及ぼす影響を実験的に明らかにするとともに,化学工学モデルに基づく解析・シミュレーションにより性能予測やプラント設計に資する計算コードの開発を行っています.さらには,この方法で重要な働きをする疎水性白金触媒を独自に調製し,分離性能の向上に挑戦しています.これまでに,わずか1 mの反応塔でH-Tの分離性能として20,000倍を達成しました.これは世界トップレベルの性能です.福島第一原子力発電所の汚染水処理に関して,Tを除去できる方法として,NHKの科学番組「サイエンス・ゼロ」にて紹介されました.令和4年度はODS固定化シリカビーズを担体として疎水性白金触媒を自作し,これを充填した化学交換塔により1 m換算でH-Tの分離性能として1400,000倍を達成し,記録を大幅に更新しました.

○置換クロマトグラフィー法によるリチウム同位体分離

 リチウムの同位体はLi-6とLi-7で,天然にはそれぞれ約7.4%,92.6%の割合で存在します.その核特性から,Li-6は90%程度に濃縮して核融合炉燃料のTの増殖材として,Li-7は可能な限りLi-6を取り除いてPWR型原子炉の水質調整剤や中性子発生用ターゲットとして使用されます.かつて,Li-6は水銀アマルガム法により大量に製造されましたが,水銀を多量に使用したことから,その工場近辺では今なお環境汚染が続いています.したがって,環境負荷が小さく効率の良い同位体分離方法の開発が期待されています.本研究室では,吸着法の一種である置換クロマトグラフィー法によるリチウム同位体分離の研究を中心に,より効率的な同位体分離プロセスの開発を行っています.

 クロマトグラフィー法は,同位体の吸着剤への吸着力の差を利用して,同位体を分離します.カラムに専用の吸着剤を充填し,リチウム溶液を流すと,相対的に吸着力の強いLi-6は,Li-7に比べて徐々に遅れて流れてくるので,カラムの中を長距離流すと流れ方向にリチウム同位体の濃度分布が生じます.この方法は,リチウムを液体状で取り扱うため密度が高く,大量生産に向くとして着目されていますが,所定の濃度差を得るために非常に長いカラムが必要であったり,その複数のカラム操作が複雑であったりという理由で,なかなか実用レベルに達していません.今,新しいアイデアを適用して,必要なカラム長さを劇的に短くすることに挑戦しています.数値シミュレーションの結果によると,100,000分の1となります.にわかには信じられませんが,1,000分の1ぐらいなら何とかなるかもしれないと期待して実験に取り組んでいます.令和4年度はアイデアの根幹となる吸着剤の合成に漕ぎつけました.性能評価はこれからですが夢が膨らみます.

○シリコチタネート系吸着剤による多成分系吸着の性能評価

 東日本大震災時に発生した事故の影響で,福島第一原子力発電所では,現在も毎日140トン程度の汚染水が排出されており,その処理は,残念ながら長期的課題となっています.汚染水処理には吸着カラムが用いられるので,二次廃棄物を低減する目的で吸着カラムの性能を正確に予測し,効率的に使用する必要があります.多成分吸着に関しては,その平衡吸着を表す多くのモデルが提案されているが,それらのパラメータは経験的に定められることがほとんどで,画一的な方法が無いのが現状です.実際のプラント規模での運用となると,さらに様々な現象が重なって,その性能予測は容易ではありません.本研究室では,日立製作所と共同研究を実施し,この課題の解決に挑戦しています.

○環境放射線の測定手法の高度化に関する研究

 環境放射線の強度や分布を良く知っておくことは,核エネルギーを管理して安全に利用するために必要です.環境放射線は,一般的には強度や頻度が小さく,測定が難しい場合があります.本研究室では,同位体分離技術を駆使して,ターゲットの核種を濃縮して検出効率や精度を高める研究をしています.濃縮度合いがばらついてしまっては放射線の定量測定にならないので,濃縮度合いを高めるだけでなく,定量性や再現性の高い方法となるように,濃縮装置内の同位体の挙動を十分に把握するための研究が必要です.

○重水素の国産化に資する研究

 重水素は,輸出規制物質であり自主生産の敷居は高く,日本ではほぼ全量を米国などからの輸入に頼っています.D-T核融合発電では,重水素を燃料としてワンススルーで消費するため,膨大な需要が生じるので,資源小国の我が国では,これを他国に頼るのではなく国産化することが将来必要となります.一方,重水素は,半導体や光ファイバーの製造工程,プロトンNMR等の分析において既に使用されており,さらには,製薬の分野でも活用が進んでいるため,将来の需要増加が予想されます.本研究室では,水素同位体分離に関するこれまでの研究を活用し,環境負荷の低い未来志向の重水製造方法の研究を進めています.

○同位体調整材料の製造拠点形成

 現在,同位体材料は非常に高価であり,費用対効果の観点から,その使用は,核エネルギー利用や高度医療などの一部の分野に限られています.同位体の組成を調整した材料が,今よりも安価に多量に供給できるようになれば,新たな利用分野・産業が創出され,同位体調整材料の時代が拓かれるかもしれません.使途が他力本願なところが玉に瑕ですが,要望に応じて少なくともグラムオーダーで同位体比を調整した材料を提供できる,同位体調整材料の源泉となるべく,基盤となる同位体分離技術の研究開発を行っています.